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未来を予見する次善の方法

未来を予見する最前の方法は、かつてアラン・ケイが語った有名な台詞によってよく知られています。

 「The best way to predict the future is to invent it (未来を予見する最前の方法はそれを発明すること)」

最前があるということは、それ以外もあるということです。
では次善の方法はなんでしょうか。

僕は、過去を振り返ることだと思います。
過去を振り返り、現代に適用し、新しい道を探す。

過去には無数のヒントが隠されています。

過去のある時点ではブレイクできなかったものの、その後の製品に絶大な影響を与えた概念がリファインして復活することも良くあります。

また、過去の時点においてブレイクできなかった原因を解明していくことで、それが根本的な考えの過ちだったのか、一時的な流行だったのか、勘違いだったのか、といったことがわかります。

戦争とは、人間の競争という、原理に根ざした普遍的なものであるからこそ、孫氏の兵法や戦争論の基本的な考え方が現代戦にも適用できるのと同じように、科学技術の方向性の予測や予見というものも、人間の欲望や文化に深い影響を与えるものですから、戦争と同様に技術戦略や科学の発展の方向性にも普遍的な法則があるように思います。

たとえば紙の発明からグーテンベルグの活版印刷、そこから発達していったことを振り返ると、当時の製紙産業はとてつもないハイテク産業だったことが想像できます。

それまでは書き写すしかなかった情報を、大量印刷できるわけですから、それはとてつもない情報革命です。

そう、ちょうど今のWebのように。

最初は聖書の印刷かなにか、要するに絶対必要なものに使われ、戦争のマニュアルの印刷に使われ、そしてタイプライターが発明され、写真製版が発明され、電子組版に至って、DTP化され、現在はその媒体がWebに変化しました。

情報媒体としての紙は、そうした「必要不可欠」なものだけではなく、思考をまとめたり、書簡にして誰かに送ったり、手帳として考えをまとめたりといったことにも使われています。

これを現代に適用すると、Web上にあるものはほとんど全て、紙にあるものをWeb上に再現しようという試みであることに気づきます。

異なるのは、アニメーションゲームなどですが、そもそも紙という媒体が11〜16世紀(紀元ははっきりしていない)の当時で用いられたときの衝撃を考えてみると、動画やゲームなどといった要素はWebにとっては飾りなのです。

動画やゲームなどの登場によって情報媒体が"本質的に"変化したわけではなく、単に不足している情報をより具体化したり、詳細化したりしただけであって、そこは竹簡に筆でさらさらと何かをかいたり、アルタミラの洞窟に落書きをしたりしたのと本質的には変わらない。

伝えたいのは、書き手の頭のなかにある物語であり、価値観であり、視点であり、感動であって、それをどんな媒体を通して他者に伝えるか、それもどれだけ広く伝えるか、またはどれだけ限定的に伝えるか、どのように伝えるか、その手段が発達してきたに過ぎません。

歌、言語、壁画、口伝による物語、聖書、会議、活版印刷、タイプライター、手紙、カラー印刷、Web、Flashというのは、人類が発生した頃から脈々と続く"他者と共感したい"という意識が生み出した多様な手段の進化の流れなのです。

その過程でさまざまなものへと派生したり、他の概念として捉えられたり、要するにどんな視点からでも見ることが出来るのですが、「伝えたい」という意思を形として表すと、結局のところそういうことになるのです。

僕は社会人になってから、歴史を勉強するのが好きになりました。
科学史や哲学史はとても面白い分野です。

Lispを再度勉強してみて、益々過去に興味が湧いてきました。
ニュートンやタブレットPCなど、何度も失敗している技術も、成熟を待っているだけなのか、それとも本当に駄目なのかはまだわかりませんが、そういうものをみると、本能的にわくわくしてきてしまいます。

忘れていた過去にこそ未来へのヒントがあると思うと、考古学というのも面白いものです。
結局、全ての学問は人間性の本質を問うところにいきつくのですね。

No Imagination No Future:想像なくして未来なし

僕の仕事の半分は未来を予想することです。
残りの半分は未来を実装することです。

予想があって、実装がある。このサイクルは両方ないとうまくいきません。
実装するから予想できて、予想するから廃れない技術を実装できるのです。

ところが昔にくらべると「未来はこうなる」式の話をあまり見かけない気がしています。
これは僕が年を取ったこととも関係しているのだと思いますが、例えば僕が中学生くらいの頃は少なくとも

・無線通信
・超伝導
・核融合
・風力発電
・ニューラルネット
・人工知能
・人型ロボット
・リニアモーターカー
・マイクロマシン
・火星探査
・ボイジャー二号
・宇宙旅行


あたりは毎月の雑誌に載るくらいにはホットな話題だったように思います。
それはたぶん、僕が読んでいる雑誌が、「子供の科学」から「日経サイエンス」へ、そして現在はCNet Japanへと変化してしまったことと無関係ではないでしょう。

いつのまにか最先端の技術については疎くなっているような気がするのです。

子供の頃に「未来はこうなる」式に語られたビジョンは、ユートピア的なもの(未来の家は電子化されていて帰る時間になると自動的に風呂が沸いてるとか)からディストピア的なもの(未来の地球は環境破壊が進んで宇宙服を着て歩かないと肌が焼けて死ぬとか)までいろいろありました。

最近、全くそういう話を聞かなくなったのは、僕が夢のない大人になってしまったせいでしょうか。

ここ数年、耳にした新技術・新素材は、恥ずかしながら以下のようなものしかありません。

・有機EL
・カーボンナノチューブ
・燃料電池
・ナノマシン
・UWB
・WiMAX
・Flash Player 10(!?)
・次世代携帯電話
・量子ワープ
・セマンティックウェブ(最新?)
・Web2.0
・着用型ロボット
・家庭用ロボット
・ハイブリッドエンジン
・宇宙旅行
・ヘテロジニアスマルチコア
・メニーコア

なんか昔にくらべると異様に現実的なものしか見てないことに我ながら愕然とします。
要するに自分の視野が狭くなっているのです。

Web2.0が最新技術かというと、既存の技術の再定義なのでどちらかというと技術用語というより文化用語のような気がしてかなり疑問ですし、UWBもWiMAXも既に存在しているものなので、いまさらなにをという気もするのですが、本当に新しい話を聞かない。さらにインテルがマルチコア化に行ったり、nVidiaがCUDAで128コアのGPUをハイパフォーマンスコンピューティングに利用したりという話はあるものの、実際にそれが未来でどうなるのか、という具体像についてはあまり描けていないのが実情ではないでしょうか。

20年前に夢物語だったことはどんどん現実化し、確かに進化している部分は沢山あるのですが、反対に忘れられつつあることも沢山あって、たとえば常温核融合とか、超伝導とか、最近あまり話題に登らないのは、ダメだったという結論になってしまったか、知らないうちに実現していたか既に諦めたかのどちらかなのかもしれません。

とにかく、昔にくらべると圧倒的に夢がない。世間というより僕が。

3年先くらいのことは想像できますが、5年先となるとぼやけてしまう。
もっと言えば、10年後なんて想像もつかない。

なぜかというと、未来の共通認識がないからです。

例えば僕より20歳くらい上の世代になると、「2001年宇宙の旅」を見て理系に進んだ人というのが沢山います。

「2001年宇宙の旅」は、映画としてはとっても眠くなる映画だし、テーマも重すぎてわけがわからない。けれども絶大な支持を集めた映画なんです。

これは、IBMを初めとする当時の世界を代表する企業の科学者達が、「2001年の宇宙の旅」というものをできるだけ性格に予想し、「未来はこうなる」という強烈な図式を示したことが、不思議なリアリティに繋がり、とても説得力を持って観客に訴えかけたのだと思います。


2001年宇宙の旅

2001年宇宙の旅

  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • メディア: DVD



それで、SFというのは、現実を追い越してしまった。
2001年宇宙の旅で描かれるような有人木星探査はいまのところ夢のまた夢です。
HAL-9000のような高度な人工知能はやっぱり夢のまた夢です。HAL-9000は設定によると1992年に生まれることになっています。

映画「2001年」は、あくまでも60年代の未来観であったのです。

1968年に映画が公開された頃は、30年後には当たり前のように宇宙を旅しているだろう、という予想のもとでこの映画が作られたわけですが、現実にはもっと退屈な30年間でした。

1968年といえば、日本ではテレビの全国のカラー放送化がちょうど終わった年で、それから40年近い月日が流れているにもかかわらず、科学的に派手な進歩は少なく、町並みは大きく様変わりしましたが、とはいえクルマが空を飛ぶほどには変わっていないわけです。

これは、攻殻機動隊の描く未来の2030年の世界で空飛ぶクルマはなくなってしまった話と微妙にシンクロするかもしれませんが、とにかく「世の中はもっと静かにゆっくりと変化していく」という感覚が生まれていったことは非常に面白いことです。

それと、特に日本がそうですが、圧倒的にSFの新作が少なくなっているような気がします。
Wikipediaの説明を見ると、SFは1980年代のポストサイバーパンクでとぎれています。

セカンドライフの元ネタとして知られ、かなり新鮮に映るニール・スティーヴンスンの「スノウ・クラッシュ」ですら、1992年の作品ですから、実に16年前です。


スノウ・クラッシュ

スノウ・クラッシュ

  • 作者: ニール スティーブンスン
  • 出版社/メーカー: アスキー
  • 発売日: 1998/10
  • メディア: 単行本



既に80年代には「あと20年しかないし、どうやらクルマは空を飛んでくれないらしい」というある意味で悲観的な世界観の変化があって、宇宙からネットワークへとその舞台を移した。ところがそのネットワークへと舞台を移すと、とたんに作品の数が減るのです。

「宇宙もの」というSFのジャンルで探すと、「スターウルフ」「宇宙のスカイラーク」「レンズマン」「宇宙英雄ペリー・ローダン」などなど、沢山の名シリーズが出てきます。

しかし、サイバーパンクもので有名なシリーズといえば、わずかに「ニューロマンサー」「クローム襲撃」「モナリザ・オーヴァドライブ」の「スプロール三部作」があるのみ。


モナリザ・オーヴァドライヴ (ハヤカワ文庫SF)

モナリザ・オーヴァドライヴ (ハヤカワ文庫SF)

  • 作者: 黒丸 尚
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1989/02
  • メディア: 文庫



いや、他にもあるのかもしれないし、僕も別にSFマガジンを毎月読むほどの熱心なSF者ではないから、隠れた名シリーズがあるのかもしれない(ああ、たとえばミルキーピア物語とか)けど、それでも昔にくらべて圧倒的に減ってしまったな、と。

「敵は海賊」シリーズは微妙にサイバーパンクっぽい要素は入っていたし、「戦闘要請雪風」はサイバーパンクではないけれども、コンピュータ間の通信の描写が実に細かかった。

2003年発表の「マルドゥック・スクランブル」も面白いけど、もうSFというより魔法モノみたいになってるし(事実、進歩した科学は魔法と区別が付かないわけだ)、これが未来だとはあまり思えない。


マルドゥック・スクランブル―The First Compression 圧縮 (ハヤカワ文庫JA)

マルドゥック・スクランブル―The First Compression 圧縮 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 冲方 丁
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2003/05
  • メディア: 文庫



ではどうしてこうなっているのか。

ひとつには、昔と違って、科学者が小説を書いていないのではないか、または科学者がそもそもSFと呼ばれる作品の中でどんどん出てこなくなっているのではないか、という気がするわけです。

特にアシモフはコロンビア大学の博士号を持っているし、そうした知見の鋭さなどが明らかに作品性に反映されていた一方で、「アシモフの科学エッセイ」と称した科学紹介もしていますし、ルーディ・ラッカーも数学者で人工知能の研究者です。


ホワイト・ライト

ホワイト・ライト

  • 作者: ルーディ ラッカー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1992/05
  • メディア: 文庫



SFであるからには、科学的根拠(らしきもの)に根ざした未来予想というのもひとつの作品性だと思うのですが、これを達成するには要するに本当に科学者でなければいけないわけです。

少なくとも科学技術をある程度知っていて、その発展の可能性をさらに見極めないといけない。
良くも悪くも今は人類の進歩の踊り場に来てるような肌感覚があります。

科学技術の進歩の踊り場であっても、代わりに文化や経済が発達しますから、それはそれで大いにやっていただきたいわけですが、科学技術に関わる者として、この状況はいかんともしがたく、実にもどかしいわけです。

攻殻機動隊によって描かれる未来は、ディストピアのようなユートピアで、マトリックスで描かれるのは一見ユートピアに見えるにディストピア。

昔からSFも、ホラーSFと明るいSFの二種類が交互に流行したので、そろそろ明るいSFが読みたい。

でもいつまでたってもそれが出てこないので、自分で未来のネタを探しに行こうと思います。

このブログの読者の方のなかで、「これは未来だ」「未来はこうなる!」「こうなって欲しい」と思っていらっしゃる方、お気軽にトラバかメール下さい。info @ uei.co.jpまで。

UEI、春の求人フェスティバル

御陰さまで商売繁盛で、今年も求人の季節がやってきました。



今回の募集は、プログラマ法人サポートWebデザイナーの三職種

特にプログラマは、通常は募集していない、未踏研究を専任する学生アルバイトを中心にした募集です。まだ誰も見たことがないような新しいサービスをあなたの手で創り出しましょう。

熱い志を持った人を待っています。

プログラマの求人
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アイデアノートのためのMOLESKINE選び

さて、そもそもなぜ無印に買いに行ったのかというと、それを思い立ったとき、既に夜になっていたからでした。

9時閉店の無印に滑り込み、件の買い物をしたわけです。

日曜日に再びノート探しの旅に出かけました。
そもそも今回のコトの発端は、近藤君がモレスキンを使っているのをみたところに始まります。
つまりモレスキンが欲しかったけど、他のモノでもいいやと思って無印に行った、と。

で、無地ノートの奥の深さに気づいて再びMOLESKINEを求めて東京の街を彷徨いました。

MOLESKINEとは、かのアンリ・マティスや、フィンセント・ゴッホ、アーネスト・ヘミングウェイが愛用したという、200年の歴史を持つノートです。

インディ・ジョーンズ最後の聖戦でジョーンズの親父が使っていたノートはどうもこのMOLESKINEらしい。
こんなもの、新潟には売ってなかった。

ということで、ココで会ったが百年目。手当たり次第に勝ってみました。

ではお買い物をご紹介

まずはオーソドックスな横型


Moleskine Plain Notebook

Moleskine Plain Notebook






ピカソあたりが使うと右のようになるみたいです。
というかピカソはノート以前に絵筆も持ち歩いていたということにビックリです。

そして個人的には嬉しい縦型


Moleskine Plain Reporter Notebook

Moleskine Plain Reporter Notebook

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: Moleskine
  • 発売日: 2008/01/30
  • メディア: Imitation Leather




縦型のノートは結構少なく、しかしWebやケータイの画面のように縦長のものを描くときは縦型の方が重宝します。

何かを描くときにひとつのページに集中できるので、情報が断片的にまとまりやすい。
横向きにすれば、横長のものも描くことが出来て便利です。

つまり縦型のノート = タテヨコ両方に使えるノートということです。
これが横型のノートだと、どうしても横にして使うと読みにくくなってしまいます。

ただ、縦型のノートを縦に使った場合は、片面にしか記入しないので少々勿体ないことになる、という問題もあります。

変わり種としては、Storyboard Notebookという形式があります。



これ、週刊誌4コマノート・ミニのMOLESKINE版ですよ。

中身はこんなふうになっています


Moleskine Storyboard Notebook

Moleskine Storyboard Notebook

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: Moleskine
  • 発売日: 2008/01/30
  • メディア: Imitation Leather




4コマ+空欄があるので、演出メモとか台詞とかを描くことが出来ます。
これはハリウッドの監督方向の人には嬉しい?
ゲームの絵コンテなど、好きに使えそうです。




こういう、コマだけのページもあり、これは本当にストーリーボードというか、イメージを描くための場所なんでしょうね。

しかし、どうしても最後に立ちはだかるのは電子化されていないという弊害です。

そこで、airpen2を買ってきて、MOLESKINEと組み合わせてみました。



なんか突然巨大になりますが、ちゃんと電子化できます。



しかしこれとスキャナで取り込むのとどっちがマシかと言われると迷います。
昔から何度も電子化の問題にぶちあたってるんですよね。

また、余談ですがMOLESKINEにはCITY NOTEBOOKという、ガイドブックとノートが一緒になったものもあるみたいです。

Moleskine City Guidebook

けっこう、海外に行ったときに、地図に書き込みをしたいタイミングがあります。
例えば「ここに戻ってくる」とか、「この建物に行きたい」とかというのをネットで調べて、地図に書き込んで、それから出発するわけです。でないと限られた時間で見たいものを見るのは難しいですからね。



このシティガイドブックなら、書き込むことが前提になっているから使いやすそうですし、それぞれの土地に行った思い出をひとつの本としてまとめておけるので、再び訪れたときも「前回来たときはどの店に行ったんだっけ?」ということを容易に思い出すことが出来そうです。これは逸品。



店の種類ごとにタグ付けすることもできます。

4月にロンドンとミラノに行く予定なので、これも買っておこうかと思います。

無印良品で無地のアイデア醸成ノートを探す

抽象概念を整理するときや、ユーザーインターフェースを考えようというフェーズでは、やはり紙に書くのが一番です。

なかでも僕は無地の紙に書くのが大好きです。
旅先などで急にノートを探すと、罫線の入っているモノしか買えないのですが、罫線はアイデアを考えるときに結構邪魔です。だから「お絵かき帳」や「計算用紙」みたいなものに絵を描くことが多いです。これはもう小学校に入る前からずっと続いている習慣です。

ふと、最近そのフェーズに入ったので、ひさしぶりに無印良品に行きました。
ちょっと見ない間に、無地のノートが沢山出ていて驚きました。

僕が子供の頃は、無地のノートを探すのはとても大変だったのです。

思わず沢山買ってしまったので、軽〜くレビューなんかを。

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まず、文庫本ノート(147円)。
ポケットに入れて持ち歩けそうな感じが良いですね。
値段も手頃な割には製本がしっかりしているのでこのサイズの計算用紙にありがちな「一所懸命書いてたらパラパラになっちゃう」なんてことがなくて良い感じです。

でもいかんせん、文庫本の性質のせいか、真ん中あたりに書こうとするととてつもなく邪魔です。
平面的な制約ではなくて物理的な制約を受けます。

まあでも、インディ・ジョーンズのお父さんが書いていた聖杯ノートってこんな感じでしたよね。
そういうものへの憧れを思い起こさせるので思わず購入。

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まあこの開いた感じがまさしく「文庫本」なんですけど、モノとして美しくても実用性を阻害するのはいただけません。

まあ安いし、あくまで非常用と考えるべきですね。

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いわゆる無地のキャンパスノート。
開きやすいから書きやすいし、B5版が五冊セットで210円、A5版が5冊セットで189円とべらぼうに安い。こんなに安いならプロジェクトごとに別のノートにしてもいいくらい(だけど、そうすると、途中で使わなくなったノートが増えてしまって勿体ない)。

むかしこういうノートが欲しくて欲しくてたまらなかったけど、どこにも売ってなかったというのに、良い時代になったものです。

マインドマップブーム(僕自身はマインドマップはあまりすきじゃないけど)のお陰で無地ノートの需要が増したのでしょうか。

2008030200420002.jpg

リング式ノート(ダブルリングノート A5ドット方眼 420円)。これは無地の奴(ダブルリングノート B5 168円)とドット方眼のやつの二種類ありました。これも両方購入。
ドット方眼は普通の方眼と同じ役目を持ちながら、ドットだから罫線が目立たなくて良い感じ。これもある種の発明と言えるかもしれません。

無地ノートが好きな人が考えた方眼っぽいなあ。
けど、やっぱりノートに邪魔な罫線があるのは気持ち悪いので、無地のダブルリング式ノートも購入。

リング式の長所はズバリ、破れること。
アイデアを書いて、ビリっと破いて相手に渡せる。
コレ、会議とかでけっこう便利です。

僕がいままでに作った製品の半分くらいは、ホワイトボードに書き殴ったり、無地のノートに書き殴ったりした僕の落書きを技術者やデザイナーに見せて、それを製品化したものです。

だから僕にとっては無地のノートは自分の思考をまとめる道具というだけではなく、コミュニケーションツールでもあるわけです。

そういう意味でリング式は偉大。破いて渡せるという点がとても偉大。
キャンパスノートと同様。リング式は完全に開いて書けるのでスペースを無駄なく使えます。

そして「なんだこれは!」と思って思わず買ってしまったのが次の商品

2008030200420001.jpg

これは週刊誌4コマノート・ミニ(A5版 95円)。
まずこの発想に脱帽。

一体なにがどうして週刊誌の4コマを描く専用のノートを販売しようと思ったのか。
この商品を企画した人は大天才かあちら側にいる人かのどちらかだと思います。

で、僕はもうこれを凄い驚きと歓喜をもって受け入れたい。
なぜか?

罫線は邪魔だと言いましたが、例外もあるのです。

このくらいの大きい長方形が描いてあると、これは「画面」に見立てることが出来ます。
お絵かきブレストでもよく長方形を描いてから考え始めたりします。
このノートは最初からその長方形が沢山書き込まれているので、画面デザインのアイデアを練るときにはとてつもなく重宝しそうな予感がします。

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こんなふうに縦にして使うと、Webやケータイの画面っぽいものの枠になりますし、横にして使うとFlashやゲーム機の画面のように使えます。

枠外に矢印を描けば、簡単なサイトフローを描くこともできそうです。
凄い発明だこれは!

ミニじゃないのを探したのですが、有楽町のMUJIでは見つかりませんでした。
大きい奴のも今度さがしてみます。

いやあ、しかし、本当にいろいろでているんですねえ。
こんな素敵なノートを持ち歩きつつ、アイデアをまとめつつ、いろいろ思索にふける、なんて想像するだけでちょっとワクワクしてきました。

そうそう。最後にこのノートを持ち歩くためのケース(バッグインバッグ 1785円)を買いました。



これが思いも掛けず、Macbook Airにピッタリの大きさ!まるであつらえたかのようです。



ちょうどMacbook Airのインナーケースを探していたところだったのでちょうど良かった。
これで無地ノートとノート型Macの両方がひとつのケースに収まります。まさに奇跡の邂逅。

来週はこのセットで颯爽とアイデアを練ったりしたいと思います。
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